忘れる為に覚えなさい?!~百閒の「忘却論」
よく生徒さんたちから「一生懸命練習してせっかく弾けるようになった曲が、次の曲を取り組みだすとすっかり忘れてしまい情けなくなる」との嘆きの声を聞きます。ずっと弾き続けていれば、確かに覚えていられるが、それでは次の新しい曲には進めない。新曲に進めば、やはり前の曲は疎かになる。でも完全に忘れることはなく、リハビリ練習さえすれば、前回より時間をかけずに弾けるように戻るのです。ただこの説明だけではどこか不足があるようで、私自身もどこか腑に落ちませんでした。
以前、ラジオ番組か何かで内田百閒(小説家・随筆家)の「忘却論」が話題に。早速読んでみました。ドイツ語教師も勤めた百閒は『自らの経験から詰め込み主義を奉じ、学生にぎゅぎゅう容赦なく詰め込む』教育方針。私はちなみに詰め込み主義は大の苦手ですが、なぜ覚えさせるか、以下の百閒の説明に妙に納得してしまいました。
『覚えていられなかったら忘れなさい。試験の答案を書くまで覚えていればいいので、書いてしまったら忘れてもいい。しかし覚えていない事を忘れるわけには行かない。知らない事が忘れられるか。忘れる前には先ず覚えなければならない。だから忘れる為に覚えなさい。忘れた後に大切な判断が生じる。語学だけの話ではない。もとから丸で知らなかったのと、知っていたけれども忘れた場合と、その大変な違いがいろいろ忘れて行く内にわかって来るだろう。』(「間抜けの実在に関する文献」<ちくま文庫>)
これを読んだらすっかり忘れることの不安がなくなってしまいました。