共感覚~音や文字から色を感じる?
かねてから私は「共感覚」に興味がありました。その共感覚とは、読んだ本によれば、
音や文字に色を感じたり、色から音を感じたり、味から形を感じたりする現象のことである。つまり刺激に含まれていないはずの感覚を感じるというのだ。
(『ドレミファソラシは虹の七色?』<光文社新書>P.25)
このブログのコーナー「ぷりま音楽歳時記」では、毎月「調」を一つずつ取り上げています。そして各々の調に色を感じる作曲家、スクリャービンやリムスキー=コルサコフ等の感じ方を時には紹介しています。彼らこそ「共感覚」の持主といえます。面白いのはその感じ方が主観的なので、それぞれ色が異なることです。例えばイ長調、スクリャービンは「緑」と感じ、コルサコフは「バラ色」といった具合です。彼らに限らず、感性の鋭い作曲家であれば、「調」における「共感覚」を持ちあわせていたとしても何ら不思議はありません。
作曲家は、曲毎に異なる調を使います。長調・短調の24調を基本に、民族的な音階等を使うこともあります。場合によっては無調ということもあります。曲中での転調は当たり前で、度が過ぎれば、1拍毎に転調することさえあります。共感覚に乏しい私は、ダブルシャープやダブルフラット等の臨時記号が溢れる曲の楽譜を見ると、もっとシンプルに書けないものかとつい作曲家を恨めしく思ってしまいます。
でもそんな時一息。白黒の楽譜を絵画に見立てて、作曲家がその曲をどんな色で彩ろうとしたのかに思いを巡らせるようにしています。するとほんの少しだけ恨めしい気持ちも晴れやかになるのです。

