漆器の味わいのように、何度も弾き重ねて演奏を深化させる
今から十年ほど前まで、6月の父の日には、毎年、恵比寿ガーデンプレイス恵比寿麦酒記念館(現在休館中)で「お父さんのためのピアノ発表会」が催されていました。教室からも生徒さんが参加することもあり、私はそのお手伝いで毎年参加していました。
中には毎年のように参加される常連のお父さんもいました。しかも、毎回弾く曲は決まっていて、ベートーヴェンの月光ソナタの第1楽章でした。当時まだ青二才の若造だった私は「いつも同じ曲ばかり弾いて、飽きないのかな?」と思っていました。ですがその月光のお父さんの演奏を毎回聴くにつれ、その考え方を改めました。最初は、曲の最後まで何とか辿りつくので精一杯だったのに、年々腕を上げていき、曲の起承転結の聴かせどころを見事に弾ききり、板についた演奏になったのです。まさに「雨垂れ石を穿つ」とはまさにこのこと。年々コツコツと進(深)化していく月光のお父さんからわたしはとても大切なものを学びました。
やはり曲を一度弾いただけでは勿体ない(特にクラシックの曲は)。何度も塗り重ねることで漆器に味わいが増すように、演奏も何度も弾き重ねることで深みが増すように思います。
以前、現在、100歳を超えて現役のピアニストである室井摩耶子さんの記事を読みました。「80歳の頃になってようやくピアノが分かってきた」と仰ってました。となれば私なぞまだまだ青二才。ピアノの果てない奥深き魅力に少しでも触れられるよう、一歩ずつコツコツと弾き重ねていきたいものです。