黒鍵ペンタトニック「結婚しようよ」(吉田拓郎)

1970年代に入ると日本での若者たちによる「政治の季節」に陰りが見え、1972年2月の「あさま山荘事件」でその風はすっかりと止んでしまいました。フォークソングも「政治の季節」と決別し、この事件が終結した翌3月にオリコンチャート3位まで駆け上がったのが、よしだたくろう(吉田拓郎)の「結婚しようよ」です。
これまで社会的なメッセージを背負いがちだったフォークソングで、若者たちの等身大の姿を私小説的に表したてんでこの曲は画期的で、翌年発表された「神田川」(かぐや姫)と共に日本のフォークソングの方向性を定めるに加え、従来の歌謡曲にはない新機軸、「ニューミュージック」の嚆矢ともなるのです。
なおこの曲の編曲を務めたのは、加藤和彦です。そして録音には後の「ティン・パン・アレー」の林立夫と松任谷正隆が参加します。なお松任谷はこの曲でレコーディングデビューを果たします。のちにアルバム「ティン・パン・アレー2」(1975)では松任谷アレンジによるこの曲のインストルメンタル版を聴くことが出来ます。
この曲に脅威を感じたのが、歌謡曲の巨人、筒美京平。「たくろうさんの『結婚しようよ』が出た時は、こりゃあ大変だと思った。やっぱり新しかったと思う。」と回想しています。
この曲のメロディは全編、四七抜き長音階で作られています。メロディが5音なのに、そのサウンドが新しかった点に筒美は吉田拓郎の才能を認めたのでしょう。
